J.その他

A.明治維新後、信教の自由が許されると、欧米から続々と宣教師が入ってきました。
  明治19年(1886年)夏、英人宣教師アレキサンダー・クロフト・ショウ氏が、布教の途次に、
     たまたま軽井沢を通ったところ、軽井沢の風光に感嘆して別荘を建てたのが軽井沢の
     始まりだそうです。
  大正時代に入ると大規模な開発も始まり、次々と別荘が建築されていきました。
A.北軽井沢にはいくつかの別荘地がありますが、最初は大学村と言われています。
   大正15年(1926年)頃に松室至(法政大学総長)が野上弥生子(小説家)・豊一郎夫妻に
    相談したことから土地分譲が始まり、昭和3年(1928年)夏、学士・文豪たちによって、
    大学村が誕生しました。
  当時は水道も電灯もなく、「北軽井沢」という地名もこの頃名付けられたそうです。
  翌年、地蔵川に草軽電気鉄道会社の北軽井沢駅が出来ました。
   (その後、1962年にバス運行が始まったことで廃止)
  当時の住民には、岩波茂雄(岩波書店の創業者)、安倍能成(教育者・文部大臣)、
    田辺元(思想家)、谷川徹三(哲学者)、岸田国士(劇作家。次女は岸田今日子(女優))、
   津田左右吉(日本史学者)など、日本の知識人が集まったそうです。
  政界・財界人が集まり、商業化する軽井沢とは違った別荘地の考え方や歴史が
   ここにはあったようです。